心象風景という言葉

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ども、ひろです。

言葉としての意味は、経験や感情を元に、自分の心の中に描かれた風景。
と言うことになるのでしょうが、要するに、自分自身の感覚や感性の中から生み出されていくもので、自分の心の中に広がる風景ということになるのでしょうね。
簡単に言ってしまえば、頭の中で描いたイメージ^^;
そうした時、絵画やCGの場合は、現実には存在していなくても自由に描くことが出来るので、心象風景を描くことも出来ると思うのですが、写真の場合はどうなんでしょ。

例えば、自分の心に何かが触れて、いわゆる琴線に触れたということですが、それによって心が震えたと。
それを表現しようとすると、自分で作りだして表現できるものであれば、その感情を様々な形で具現化できるのでしょうが、写真となると写す対象が無ければ撮れないし、表現できないわけです。
写す対象が無くて写っちゃったら、それは心霊写真だし( ゚Д゚)

そこで、考えた挙句、鏡のような湖面に一粒の雫が落ちて波紋が広がる。的な写真を撮ろうとするわけです。
でも、これだと、何かに感動したんだなとか、何かに心がざわついたんだということは感じ取れても、具体的なイメージは伝わらない。
絵画やCGであれば、それをもっと具体的に伝えることができるわけですよね。

そう考えると、写真で表現するには限界があるのかな。
心の中にあるものを表現するという意味では、僕の写真は殆どが心象写真となるわけで、全ての写真に、何らかの意味が込められている。 ← ウソつけ(-_-;)

人の気持ちは分からないものですから、僕の描いているイメージを感じ取れといっても難しいのかもしれません。
う~ん、写真って奥が深いんだ。
そんなこと考える前に、ウデ磨けって話ですけど。

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