頭の中のイメージ

IMGP3531
PENTAX K-3 + fish-eye 10mm 1/15秒 f5.6 ISO160

駅。
物語は、ここから始まる。なんちゃって(-_-;)

ども、ひろです。

時々、良い写真を撮るためには、忍耐が必要だと言われることがあります。
自分のイメージを膨らませ、この場所で、この角度から、こういった画を撮る。
誰でも、一度はそう考えたことがあると思うんですよ。
そんな時に、ここと決めた場所で、イメージした状況が訪れるまで、じっとカメラを構えて待つわけです。
これ、写真家の誰かも言っていたような気がする……が、思い出せませんw
思い出せませんけど、それを聞くと、確かにそうだよなぁって思うわけです。

例えば、誰も居なくなった夕暮れの公園で、ベンチに腰掛けてポケットからクシャクシャになったゴールデンバットを取り出し、よれた煙草を指先で引き出して咥える。
そして、うつむきかげんに、ゆっくりとした動作で100円ライターの火を点け、深く吸い込んだ後、ため息とともに煙を吐き出す。

公園のベンチを見た瞬間、僕の頭の中では、そんな映画のシーンのような映像が浮かんでくるわけです。
それを、一枚の写真で表現したい。
でも、そう思いながら、じっと公園で待っていたとしても、思い描くイメージ通りの人が現れるとは限らない。
というか、この状況は期待する方が難しいですね。
で、あきらめて、夕暮れの時のベンチを撮るわけです。
そこに、僕のイメージを言葉に置き換えて写真につける。
それが、もうひとつのブログ「おしゃべりな写真達」となるわけです。

つまり、僕の写真は、ある意味中途半端なんですよ。
なんて偉そうなことを語ってますが、大半は意味も無く撮った写真ですけどねw

えっと、ストーリーを考えて撮る写真も素敵なんですが、僕のもう一つの撮り方として、目に付いたものを何も考えずに撮るというのがあります。 ← 適当なわけじゃないよ。いや、けっこう適当かな^^;
でも、目に付くと言うことは、それに何かを感じたから目に留まったわけで、もしかすると一瞬の閃きがあったのかもしれないですよね。
ただ、それを瞬間的に忘れてしまっただけで。。。ダメじゃん。
そう考えて、とりあえず“ん?”と感じたものは撮ります。
それで、結構いい写真が撮れてたりするし。
いやぁ、自己満足の世界ですけどw

本当の理想は、自分で描いたストーリーの一場面を、写真として形にすること。
ただ、そのストーリーの、どの場面を写真にするか、それによっても撮り方が変わってくる。
そんなことを考えながら街を歩いて被写体を探すのも楽しいのですが、ただ、シャッターを押しまくるのも楽しい。
こっちは、指先から伝わる感覚的な楽しさです。
写真を撮るのが好きな人であれば、このシャッターを押す感覚って分かってもらえますよね。

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